2013年10月13日日曜日

Androidアプリ『Whipper』におけるLUK値の効果(その1:戦闘時のクリティカル判定への影響について)

要 旨

【背景】Androidアプリ『Whipper』のLUK値が何に影響するかはほとんど明らかになっていない。そこで、LUK値が「会心の一撃!」や「痛恨の一撃!」の発生率に対して影響を与えているか統計学的に分析した。【方法】LUK値が1の場合と12の場合で、同じダンジョンに繰り返し入り、冒険者の通常攻撃の回数と「会心の一撃!」の回数、および魔物の通常攻撃の回数と「痛恨の一撃!」の回数、の4つを集計した。【結果】「会心の一撃!」や「痛恨の一撃!」の発生率について、LUK値が1の場合と12の場合の間に有意差は認められなかった。【考察】冒険者のLUK値は、戦闘時の「会心の一撃!」の発生率、および「痛恨の一撃!」の発生率に実質的な影響を与えないと考えられる。

キーワード: Whipper, LUK, LUCK, 会心の一撃, 痛恨の一撃


1.背景
 2011年に登場した半自動ダンジョン探索RPG(放置型RPG)の『Whipper』は、個人デベロッパーが趣味でつくったというゲームながら、Androidで数万人レベルのユーザーを獲得する人気タイトルに成長した(EXドロイド, 2012)。

 『Whipper』の醍醐味のひとつは、装備品の能力を強化することである(EXドロイド, 2011)。そして、装備品の能力のひとつである「幸運」は、攻略Wikiサイトの中で独立したページが作られるなど、多くのユーザーの注目を集めている。

 しかし、ゲームが登場してから2年以上が経過した現在でも、「幸運」の能力によって上昇するステータスのLUK値(「LUCK」,「運」と呼ばれることもある)については、科学的あるいは統計学的な分析が十分になされた報告がなく、そもそもLUK値が何かに影響しているのかどうかすら明確な根拠が得られていない。そのため、LUK値の効果を根拠もなく盲信するユーザーの姿勢に対し、「幸運(LUCK)は宗教」などと揶揄するような発言がなされることもある(攻略wiki)。

 LUK値の効果については、何人かのユーザーの予想や勘を取り込みながら、以下の3つが最も有力視されている; LUK値が上昇すると、(1) 入手した武具が「色付き装備品(能力が1つ以上付いたもの)」である確率が上昇する、(2) 探索階が「魔物の巣」である確率が下降し、逆に「オアシス」または「宝物庫」である確率が上昇する、あるいは、(3) 魔物のアイテムドロップ率が上昇する。他にも、「戦闘時のクリティカル判定」や「泉や宝箱遭遇判定」にLUK値が影響しているという説もある(攻略wiki)。

 したがって、本調査では、Androidアプリ『Whipper』のLUK値が何に影響しているかを統計学的手法を用いて明らかにするために、過去に調査されたことのない「戦闘時のクリティカル判定」に対するLUK値の影響を分析することを目的とした。

 本調査に当たり、以下の2つの仮説を立てた。
  • 仮説1: 冒険者のLUK値が高くなると、戦闘時の冒険者の攻撃において、「会心の一撃!」が発生しやすくなる。
  • 仮説2: 冒険者のLUK値が高くなると、戦闘時の魔物の攻撃において、「痛恨の一撃!」が発生しにくくなる。

 なお、本稿では以下、戦闘時の冒険者の攻撃における「会心の一撃!」の発生比率を“会心率”、魔物の攻撃による「痛恨の一撃!」の発生比率を“痛恨率”と記載する。


2.方法
 装備品を変えることで、冒険者のLUK値を1(以下、LUK-01)と12(以下、LUK-12)の2種類準備した(表1参照)。なお、調査に使用した『Whipper』のバージョンはv2.62(2012年4月)であった。


表1. LUK値別の装備品と能力
装備品 能力
LUK-01 LUK-12
武器 グラディウス (なし) 幸運 Lv3
レインボウ+380 (なし) 幸運 Lv3,幸運 Lv2
指輪 グレーズド (なし) 幸運 Lv3,耐久 Lv4
LUK-01: LUK = 1; LUK-12: LUK =12


 まず、事前にサンプルサイズを決定するために、効果量が0.1、検定力が0.8でパワーアナリシスを実施した。なお、本研究におけるすべてのパワーアナリシスには、G*Power 3.1.4 を使用した。

 次に、冒険者の攻撃回数または防御回数の合計が目標のサンプルサイズに達するまで探索を繰り返し、LUK-01とLUK-12のそれぞれについて、以下の4つのデータを収集した; (1)冒険者の通常攻撃の回数、(2)冒険者の「会心の一撃!」による攻撃の回数、(3)冒険者が魔物の通常攻撃を防御した回数、および(4)冒険者が魔物の「痛恨の一撃!」を防御した回数。

 探索の目的地は、パスワード「スターゲイザーゲット」で生成したダンジョン「裁きの霊廟」とし、目標階は必ず24階で設定した。

 ただし、以下の探索データは分析対象から除いた; (1)泉の効果でLUK値が上昇した場合、その泉を発見した時点より後の探索データ、および(2)「オアシス」,「宝物庫」,「魔物の巣」の階における探索データ。

 会心率、痛恨率の検定では、ボンフェローニ法を適応し、有意水準をそれぞれ2.5%とした。検定手法には、ピアソンの独立性の検定を採用した。なお、検定ソフトとして、R version 2.15.1を使用した。


3.結果
 事前のパワーアナリシスより、目標のサンプルサイズは、攻撃回数と防御回数の両方でそれぞれ951回であった。なお、調査期間は2013年9月22日~10月5日の14日間であった。

 まず、冒険者の攻撃回数の分布を表2に示す。検定の結果、LUK-01とLUK-12の間に有意差は認められなかった(P = 0.08, n = 1,558, χ2 = 2.97)。また、パワーアナリシスの結果、効果量が0.05、検定力が0.34であった。


表2. LUK値別の冒険者の攻撃状況
  LUK-01 LUK-12
回数(回) 割合(%) 回数(回) 割合(%)
通常攻撃 877 95.8 603 93.8
会心攻撃 38 4.2 40 6.2
合 計 915 100.0 643 100.0
† LUK-01: LUK = 1; LUK-12: LUK =12
‡ 通常攻撃: 冒険者の通常攻撃
¶ 会心攻撃: 冒険者の「会心の一撃!」による攻撃


 次に、冒険者の防御回数の分布を表3に示す。検定の結果、LUK-01とLUK-12の間に有意差は認められなかった(P = 0.33, n = 1,296, χ2 = 0.95)。また、パワーアナリシスの結果、効果量が0.03、検定力が0.13であった。


表3. LUK値別の冒険者の防御状況
  LUK-01 LUK-12
回数(回) 割合(%) 回数(回) 割合(%)
通常防御 759 95.6 473 94.2
痛恨防御 35 4.4 29 5.8
合 計 794 100.0 502 100.0
† LUK-01: LUK = 1; LUK-12: LUK =12
‡ 通常防御: 冒険者が魔物の通常攻撃を防御すること
¶ 痛恨防御: 冒険者が魔物の「痛恨の一撃!」による攻撃を防御すること


4.考察
 本調査は、筆者の知る限り、Androidアプリ『Whipper』におけるLUK値の影響を統計学的手法を用いて分析した初めてのものであり、LUK値が「戦闘時のクリティカル判定」に影響するという噂にある一定の結論を出すことに成功したと考える。

 会心率および痛恨率の比較において、どちらの有意確率もボンフェローニ法を適応した有意水準を上回った。統計学の教科書では、検定の多重性に配慮し、ボンフェローニ法を適応した場合に有意確率が有意水準を上回った場合、判断を保留するのが妥当な姿勢であると言われる。しかし、本研究で得られた有意確率は、会心率と痛恨率でそれぞれ0.08、0.33であり、一般的な検定で使用される有意水準の5%をも上回っていた。したがって、冒険者のLUK値が会心率および痛恨率に影響を与えない、という結論を導く場合には検定の多重性は問題にならないと考えられる。

 一方、会心率と痛恨率の効果量がそれぞれ0.05、0.03であり、Cohen (1988)の示した目安の 0.1(small)を下回っていた。したがって、会心率と痛恨率の両方について、もし冒険者のLUK値が影響するとしても、実質的な効果(差)は生じないと考えられる。

 以上より、仮説1と仮説2は両方とも棄却された。


5.限界
 本研究の限界は、ふたつある。

 ひとつは、LUK値が1の場合と12の場合を比較しただけなので、よりLUK値が上昇した時の影響の有無や効果(差)の大小について知ることができないことである。今後、12よりLUK値が高い場合での調査が望まれる。

 もうひとつは、サンプルサイズが小さく、検定力が会心率、痛恨率のそれぞれで0.34、0.13と低かったことである。この原因は、事前に設定した効果量より、実際の効果量が大幅に小さかったことである。従って今後は、LUK値の効果量を0.1より小さく想定し、より大きなサンプルサイズで再調査することが必要かもしれない。


6.結論
  • 冒険者のLUK値は、戦闘時の「会心の一撃!」の発生率に実質的な影響を与えない。
  • 冒険者のLUK値は、戦闘時の「痛恨の一撃!」の発生率に実質的な影響を与えない。


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